「界面活性剤」という言葉は誰もが一度は聞いたことがあると思いますが、どんなものかと聞かれてもちょっと困りますよね。
日本界面活性剤工業会の統計によると、日本では年間約100万トン、6000種類の界面活性剤が生産されており、シャンプー、歯磨き粉、ハンドソープ、食器用洗剤など、日々の暮らしの中で界面活性剤は必要不可欠なものですが、その成分や機能については意外と知らないことが多いのではないでしょうか。
「なんか最近肌荒れするなー。あ、よく見たらこれは刺激が強めの成分だった」なんてこともあるかもしれませんので、今回は界面活性剤の機能や特徴だけでなく、人に対して毒性があるのかないのか、環境問題の話まで詳しくまとめましたので、普段の生活にぜひ役立てていただければと思います。
目次
1.界面活性剤のはたらき
まず、界面活性剤の「界面」とは「気体」「液体」「固体」が互いに接する境界面を指す物理化学の用語で、本来なら混ざり合わないものを混ぜ合わせる物質のことを界面活性剤といいます。
たとえば、皮脂の汚れは水だけではほとんど落とせませんが、石鹸などの界面活性剤を使うと、皮脂と水が上手く混ざり合うことで、汚れをキレイに落とすことができます。
界面活性剤の機能は下記の通りです。
機能 | 詳細 |
洗浄 | 身体・衣類・食器などの汚れを落とす |
起泡・消泡 | ・「泡」は界面活性剤の水溶液と空気の界面に生ずる現象で、泡ができるときに付着した汚れを落とすことができる ・起泡力を高めるための界面活性剤や、逆に泡を抑えるための界面活性剤もあるので、商品に合わせて調整が必要 |
乳化 | ・乳化は、油と水のように混じり合わないものを均一に混合することを指す 例えば、食器の油汚れを水中に拡散し洗い流せる状態にしたり、お酢と卵を混ぜてマヨネーズにするなど ・乳化の目的で使用される界面活性剤は「乳化剤」といい、洗剤や化粧品、食品など幅広く利用されている |
分散 | ・乳化した油同士が再結合しないよう細かい粒子にして、分散させた状態を保つ。これを「安定剤」とも呼び、食品業界で使われている |
可溶化 | 水と油に界面活性剤を加えて混合する場合、条件によっては透明な溶液を作ることができる。この現象を「可溶化」という |
界面の調整 | 水の表面張力を低下させることで、つるつるの表面のものにも洗剤が取り付きやすくする |
湿潤・浸透 | 水が浸透しにくいウールなどに水を染み込みやすくしたり、化学繊維やプラスチックなど水をはじくような素材でも、水にぬれるようにする |
殺菌・抗菌 | 界面活性剤のなかには殺菌力、殺精子力を持つものがある |
柔軟・平滑 | 繊維や皮革などを柔らかくしたり、滑りをよくする |
帯電防止 | 繊維の静電気を防ぐ |
防錆び | 金属のサビを防ぐ |
上記のように、界面活性剤はさまざな機能を持っているため、私たちの身の回りにある多くの商品に使用されています。
- 医薬品 ・・軟膏・殺虫剤
- 化粧品 ・・クレンジングミルク・ファンデーション・乳液
- 食品 ・・マヨネーズ・マーガリン・アイスクリーム・ドレッシング
ちなみに、マヨネーズは卵黄自体に「レシチン」という天然の界面活性剤が含まれているため、卵とお酢と混ぜるだけで均一な状態を保てます。
このように界面活性剤には様々な用途があるため、日々の生活でなくてはならない存在と言えます。
体の中にもあるレシチン
人の体にも「レシチン」が含まれているのをご存知でしたか?
約60兆個といわれる人間の細胞に含まれているレシチンは、血管にこびりついているコレステロールを溶けやすくしたり、細胞の老廃物を血中に溶かし込んで血行をよくするなど、重要な役割を持っています。レシチンの不足は、疲労、免疫力低下、不眠、動脈硬化、糖尿病、悪玉コレステロールの沈着などの原因にもなるため、意識的にとるようにしましょう。
レシチンが多く含まれる食品:卵黄、大豆製品、穀類、ゴマ油、コーン油、小魚、レバー、ウナギ など
2.界面活性剤の種類と特性
界面活性剤は、「水になじみやすい部分(親水基)」と「油になじみやすい部分(親油基または疎水基)」の両方の性質を持ち合わせた分子構造をしています。
界面活性剤は、この親水基の性質の違いから、大きく分けて二つに分類されます。まず、水に溶かしたときに電離してイオン化するイオン性界面活性剤と、イオン化しない非イオン界面活性剤。
さらに、イオン性界面活性剤は、陰イオン界面活性剤、陽イオン界面活性剤、両性界面活性剤の3つに分類されます。
- 水に溶けたときに親水基がマイナスに解離する → 陰イオン(アニオン)界面活性剤
- 水に溶けたときに親水基がプラスに解離する → 陽イオン(カチオン)界面活性剤
- 水のpH により親水基がマイナスやプラスに解離する → 両性(アンホ)界面活性剤
- 親水基が水中でイオンに解離しない → 非イオン(ノニオン)界面活性剤
界面活性剤は、種類によって効果が全く異なるため、使い方によってはそれぞれの性質が打ち消されてしまうことがあります。
例えば、洗濯をするときに洗剤と柔軟剤を一緒に入れてしまうと、どちらの効果もなくなってしまいます。それぞれの特徴を把握して、しっかり使い分けをしていきましょう。
界面活性剤の種類と特性
界面活性剤の種類 | 特徴 | 用途 |
陰イオン界面活性剤 |
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陽イオン界面活性剤 |
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両性イオン界面活性剤 |
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非イオン界面活性剤 |
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界面活性剤は種類によって特徴が様々ありますので、ここではさらに詳しく一つずつ見ていきましょう。
なお、界面活性剤は6000種類と非常に豊富なため、ここではあくまで代表的な成分をご紹介します。
2-1.陰イオン(アニオン)界面活性剤
まず代表的なのが、洗浄成分である陰イオン界面活性剤。
陰イオン界面活性剤は、水に溶けたときに親水基の部分が陰イオンに電離する界面活性剤です。
皮脂やタンパク質の汚れ、食材の油汚れなどは全てプラスに帯電しているため、マイナスに帯電している洗浄剤でそれらの汚れを吸着することができます。
石鹸で手を洗う時の親水基のはたらき
油になじみやすい「親油基」が皮脂や汚れに吸着して水の表面張力が弱まり、表面を覆う「親水基」が水のほうへと引っぱることで汚れが離脱します。
ただし、「強い油汚れ」を「アルカリ濃度の低い洗浄剤」で洗った場合は、ケン化して石鹸カスとして残ってしまうこともあるため、油汚れに合わせて濃度を調整する必要があります。
※生分解性・・化学物質が微生物(バクテリア)の働きによって有機物から無機物(CO2と 水)へ分解されること
※耐硬水性・・硬度の高い水の中でも効能が落ちない性質
陰イオン界面活性剤の種類
系別 | 界面活性剤の種類 | 主な機能と効果 |
脂肪酸系 |
脂肪酸ナトリウム |
洗浄力・起泡性高め・低刺激 |
脂肪酸カリウム (液体石鹸) |
洗浄力・起泡性高め・低刺激・耐硬水性が劣る 静電気が発生しやすく、外気の汚れが付着しやすい |
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アルファスルホン化脂肪酸エステルNa(MES-Na) | 洗浄力高め 耐硬水性・生分解性良好 |
|
アミノ酸系 |
ココイルグルタミン酸Na |
起泡性高め・光毒性ほぼなし 耐硬水性・生分解性良好・低刺激 |
ラウロイルメチルアラニンNa |
洗浄力・起泡性高め 生分解性良好・低刺激 |
|
ラウロイルグルタミン酸Na |
洗浄力・起泡力高め・生分解性良好 タンパク質の変性ややあり |
|
タウリン系 |
ココイルメチルタウリンNa |
洗浄力・起泡力高め・生分解性良好 頭皮への吸着あり |
タンパク質系 |
ココイル加水分解コラーゲンNa |
洗浄力・起泡性高め・脱脂力弱め 耐硬水性・生分解性良好 |
高級アルコール系 |
ラウリル硫酸Na |
洗浄力・起泡力高め・耐硬水性が悪い・キューティクルの剥離・頭皮への吸着・タンパク質の変性あり・皮膚への刺激強め |
ラウレス硫酸Na |
洗浄力・起泡力高め・耐硬水性良好・キューティクルの剥離性弱め 頭皮への吸着・皮膚への刺激強め・タンパク質の変性ややあり |
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アルキル硫酸エステルNa(AS) |
洗浄性・溶解性が石鹸より優れる 耐硬水性・生分解性良好 |
|
ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸エステル塩(AES) | 洗浄力・起泡性高め・耐硬水性良好・皮膚への刺激高め | |
スルホン酸塩系 |
直鎖アルキルベンゼンスルホン酸Na(LAS) | 洗浄力・浸透力・起泡力高め、タンパク質の変性あり・皮膚への刺激強め |
αオレフィンスルホン酸Na(AOS) | 洗浄力・起泡力高め・皮膚への刺激強め | |
α-スルホ脂肪酸メチルエステルNa(MES) | 洗浄力・起泡力・浸透力高め・耐硬水性・生分解性良好 | |
ノルマルパラフィン系 |
アルキルスルホン酸Na(SAS) | 洗浄力・起泡力高め |
2-2.陽イオン(カチオン)界面活性剤
陽イオン界面活性剤は、水に溶けたときに親水基の部分が陰イオンに電離する界面活性剤で、プラスに帯電しているため、マイナスに帯電しているタンパク質(髪の毛、肌)やセルロース(衣類)に吸着します。さらに、陽イオン界面活性剤は空気中の水分も捉える性質があるため、髪や洋服が柔らかくなり、静電気防止にもつながります。
なお、カビ(真菌)や細菌もタンパク質やセルロースが主成分。陽イオンが吸着すると、カビや細菌のタンパク質を変質させて細胞を破壊するため、殺菌につながります。これを利用したのが制汗剤やうがい薬、消毒液です。
消毒液で代表的なのは「塩化ベンザルコニウム」ですが、こちらは室温でも長期安定で防腐効果もあるため、点眼薬やコンタクトレンズの洗浄液、シャンプーやトリートメントなどの防腐剤として幅広い商品に利用されています。
※ノロやインフルエンザなどのウイルスは細菌とは構造が異なるため、陽イオンで殺菌効果は得られません。
陽イオン界面活性剤の種類
系別 | 界面活性剤の種類 | 主な機能と効果 | |
第四級アンモニウム塩系 | エステル型ジアルキルアンモニウム塩 | 柔軟性・帯電防止・摩擦防止・抗菌力高め・刺激強め | |
アルキルトリメチルアンモニウム塩 | 湿潤性・柔軟性・耐硬水性・表面張力低下能に優れる・帯電防止効果・殺菌力が高め | ||
ジアルキルジメチルアンモニウム塩 | 柔軟性・帯電防止効果が高め・殺菌力低め | ||
ポリクオタニウム-10 | 帯電防止効果・毛髪や皮膚の保護効果が高め 低刺激 |
||
ベヘントリモニウムクロリド | 帯電防止・毛髪柔軟効果が高め・タンパク質変性・殺菌効果あり | ||
ベヘントリモニウムメトサルフェート | 帯電防止・毛髪柔軟効果が高め・乳化機能あり 低刺激 |
||
塩化ベンザルコニウム | 殺菌力・防腐力高め | ||
塩化ベンザトニウム | 殺菌力・防腐力高め | ||
第三級アミン塩系 | アミド型アルキルアミン塩 | 柔軟性に優れる・低刺激 生分解性良好 |
|
キトサン | 柔軟性・ヘアコンディショニング効果は低め 低刺激・生分解性良好 |
2-3.両性(アンホ)界面活性剤
両面界面活性剤は、水に溶けたとき、アルカリ性領域では陰イオン界面活性剤の性質を、酸性領域では陽イオン界面活性剤の性質を示す界面活性剤です。主に、洗浄剤や気泡力を高める補助剤として広く使用されています。
また、皮膚への刺激が低く、陰イオンのときはマイルドな洗浄力を、陽イオンのときはマイルドな殺菌力を発揮するため、ベビー用品などの低刺激な商品によく使われています。
両性界面活性剤の種類
系別 | 界面活性剤の種類 | 主な機能と効果 |
アルキルベタイン型 | ラウリルジメチルアミノ酢酸ベタイン | 陰イオンと併用されることが多い・幅広いphや低温でも安定した洗浄力と起泡力あり・強陰イオンの刺激緩和 |
脂肪酸アミドプロピルベタイン型 | コカミドプロピルベタイン | 陰イオンの洗浄力と起泡力・粘性を高める・陽イオンの可溶化・ヘアコンディショニング・皮膚への刺激ややあり・光毒性なし |
スルホベタイン型 | ラウラミドプロピルヒドロキシスルタイン | 陰イオンの洗浄力と起泡力・粘性を高める・強陰イオンの刺激緩和・染色毛髪の退色抑制・毛髪のきしみ抑制・低刺激 |
アミンオキシド型 | ラウリルジメチルアミンN‐オキシド | 陰イオンの洗浄力と起泡力を高める・ヘアコンディショニング・香料 |
ジメチルアミンN‐オキシド | 陰イオンの洗浄力と起泡力を高める・ヘアコンディショニング | |
アミノ酸型のグリシン型 | ラウロアンホ酢酸Na | 陰イオンの洗浄力と起泡力・浸透力を高める・非イオンの可溶化・刺激緩和・ヘアコンディショニング |
ココアンホ酢酸Na | 陰イオンの洗浄力と起泡力を高める・非イオンの可溶化・強陰イオンの刺激緩和・乳化・ヘアコンディショニング・低刺激・光毒性なし |
2-4.非イオン(ノニオン)界面活性剤
非イオン界面活性剤は、水に溶けたときにイオン化しない親水基を持っている界面活性剤です。
水の硬度や電解質の影響を受けにくく、洗浄性、乳化・分散性、浸透性などにも優れているため、他の全ての界面活性剤と組み合わせることができます。
例えば、薬用ハンドソープ。この商品で「殺菌効果のある陽イオン」と「汚れを落とす陰イオン」を同時に配合した場合は、互いの効果を打ち消してしまうため、どちらの効果も得られません。しかし、非イオン界面活性剤であれば、陽イオンの効果を打ち消すことなく洗浄効果を得ることができます。
また、非イオン界面活性剤は静電気を帯ないため汚れが付着しにくく、さらにスキンケア化粧品などで長時間皮膚に付着していても低刺激で安全性が高いという、まさに万能な性質を持っています。そのため最近では、非イオン系界面活性剤の商品が少しずつ増えてきています。
※ハンドソープの洗浄力や除菌力については、細かく実験をしていてわかりやすいサイトがありますので、ご参考にどうぞ。
非イオン界面活性剤の種類
系別 | 界面活性剤の種類 | 主な機能と効果 |
エステル型 | グリセリン・ソルビタン・プロピレングリコールなどの高級アルコール脂肪酸エステル | 乳化力・分散力・浸透力が高め。耐酸性・耐塩性・耐加水分解安定性に優れる |
ショ糖脂肪酸エステル | 乳化力・分解力・安全性高め。生分解性に優れる | |
エーテル型 | ポリオキシエチレンアルキルエーテル(AE) | 洗浄力・乳化力高め 耐酸性、耐アルカリ性、耐熱性に優れる |
ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル | 洗浄力・起泡力・乳化力・湿潤性・可溶性高め | |
オクチルフェノールエトキシレート | 洗浄力・乳化力高め・帯電防止・内分泌撹乱作用あり | |
ノニルフェノールエトキシレート | 洗浄力・乳化力高め・内分泌撹乱作用あり | |
エステル・エーテル型 | ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル | 安全性・乳化力・分散力・可溶性高め。FDAでは食品添加物として許可 |
ポリオキシエチレン硬化ひまし油 | 可溶性・乳化力高め・低刺激 | |
アルカノールアミド型 | ラウリン酸ジエタノールアミド | 陰イオンの洗浄力と起泡力を高める・増粘効果 |
脂肪酸アルカノールアミド(DA) | 陰イオンの洗浄力と起泡力を高める・増粘効果・低刺激 | |
アルキルグルコシド | デシルグルコシド | 起泡力・洗浄力高め・低刺激・皮膚への吸着性低め |
ラウリルグルコシド | 起泡力・洗浄力・可溶性高め・耐硬水性・生分解性良好・低刺激・皮膚への吸着性低め | |
ヤシ油アルキルグルコシド (アルキルポリグルコシド) |
起泡力・洗浄力・乳化力高め・低刺激 |
3.界面活性剤って安全なの?
もしかしたら、ここが一番あなたの気になることかもしれません。
よく、「合成洗剤は危険」という情報がありますが、一方で「それは天然成分推しの化粧品会社の宣伝文句なのではないか」という意見もあり、正直なにが正しいのか分からないですよね。
私も、以前は「合成洗剤は良くない」という記事を見て、そのまま鵜呑みにしていました。
しかしよく調べてみると、この問題はおよそ30年前からさまざまな機関で研究をされていたようで、一言で良い・悪いとも言い切れないことが分かりました。 というのも、吸収率・分解率・環境への影響など、あらゆる面でジャッジする必要があるからです。
さまざまな企業の思惑が複雑に絡み合ってるこの界面活性剤問題。
ここでは、みなさんが安心して日々の生活を過ごして頂けるように、もしリスクがあったとしてもそれを理解した上で利用して頂けるように、界面活性剤について徹底調査しました。それでは、一緒にみていきましょう。
3-1.毒性があると言われるようになった流れ
界面活性剤で最も毒性が高いと言われているのが、「洗剤」です。中でも、石鹸と合成洗剤の話題はさまざまな情報が飛び交っています。
そこで、まずはどのような流れで現在の洗剤が使われるようになったのかをみていきましょう。
洗剤のはじまりは石鹸
界面活性剤の歴史として、一番古いものは石けんです。
遊牧民が羊の肉を焼いていたところ、その油がアルカリである灰に垂れて石鹸ができたと言われています。それからは石鹸が洗浄剤として一般的に使われるようになりましたが、水道水が硬水であるヨーロッパやアメリカでは、石鹸がミネラルと結びついて泡立ちが悪くなったり、石鹸カスが出てしまい、あまり使いやすいものではありませんでした。
合成洗剤の誕生
第二次世界大戦後、石油資本の増大や電気洗濯機の一般化に伴い、アメリカのP&G(プロテクター・アンド・ギャンブル社)によって合成洗剤が急速に普及しました。
まず最初に開発されたのは、分岐型アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム(ABS)という陰イオン界面活性剤で、石鹸よりも使い勝手が良いため、浴用や化粧用以外ではすべてこのABS系合成洗剤が主流で使われるようになりました。
日本では、ウール用中性洗剤が1937年(昭和12年)に初めて市販されています。その後、1960年に全自動洗濯機が普及し、1963年には「合成洗剤」の使用量が石鹸を上回りましたが、普及するに連れて皮膚障害や生態系への毒性の高さ、排出後の微生物による生分解性の悪さなどの問題が発覚し、構造中の炭素配列を真っ直ぐにした直鎖型ABS(LAS)が開発されました。
しかし、LASもABS同様、皮膚障害や生態系毒性などの問題を抱えていたので、1980年代にはLAS単独の商品は急激に激減。
そこで、刺激や毒性の少ない「ラウレス硫酸Na」や「ラウリル硫酸Na」が開発され、硬水でも泡立ちが良いということで各地で普及しましたが、こちらも洗浄力が強いので肌表面にある油分を取り過ぎてしまい、乾燥によるかゆみを発症するなどのトラブルを起こす人が続出しました。
そのため、多くの機関で洗剤の安全性に関する試験が行われ、1983年に厚生省は「急性毒性や慢性毒性に関する試験の結果から、通常の使用条件では、安全性に問題がない。」という見解を示し、催奇形性についても認められなかったことを報告しています。
3-2.界面活性剤が吸収される経路は4つ
ではもし毒性の高い洗剤を使用した場合、どのような経路で体内に吸収されるのでしょうか?
人の体は、主に4つの経路で物質を吸収しています。
- 口から入る「経口吸収」
例)歯磨き粉やマウスウォッシュが口から入る
口紅やリップクリームが口から入る
2. 肺から入る「吸入吸収」
例)ガスや粉塵などの大気中の物質が呼吸を通じて肺に入る
香水や柔軟剤、消臭スプレーなどの香料が呼吸を通じて肺に入る
3. 粘膜から入る「粘膜吸収」
例)紙おむつや生理用品の塩素系漂白剤が粘膜から入る
入浴剤が粘膜から入る
4. 皮膚から入る「経皮吸収」
例)食器を洗うとき、体を洗うときなどに洗剤が皮膚から吸収される
シャンプーやコンディショナーが頭皮から入る
衣類に残留した洗剤が汗などで溶けて皮膚から入る
いかがでしょう?
普段あまり意識していないところから、私たちの体はさまざまなものを吸収しています。
ちなみに、「皮膚はバリアゾーンがあるから一定層以上は入らない」と聞いたことがあるかもしれませんが、界面活性剤や医薬品は違います。
人間の皮膚は、バリアゾーン(角質層と皮脂膜)によって有害な物質から体を守るようにできていますが、界面活性剤はこのバリアゾーンを通り抜けて血管や臓器に入ることができるのです。
これを「経皮吸収」と呼び、毒性の高いものが体内に浸透することを「経皮毒性」または「経皮毒」とも呼びます。このバリアゾーンは大変強固な作りになっており、身近なもので経皮吸収されるものは医薬品を除き、界面活性剤くらいしかありません。
そのため、「口に入らないから大丈夫」ではなく、皮膚からもきちんと吸収されて人体に影響を及ぼすこともあるため、とくに毎日使用するものは気をつける必要があるのです。
逆に消毒用の界面活性剤は細菌のタンパク質を破壊して殺菌ができるため、経皮吸収も使い方よっては有効に利用できます。
3-3.界面活性剤の毒性は極めて低い
様々な形で界面活性剤が吸収されるのは仕方ありませんが、体内でどの程度の害を及すのか研究している機関がありましたので、概要をご紹介します。
この研究がされたのは、2001年4月に「事業者による化学物質の自主的な管理の改善を促進し、環境の保全上の支障を未然に防止する」という目的で化学物質管理促進法(PRTR法)が施行されたためです。
このとき指定された界面活性剤は、
- 直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩(LAS)
- ポリ(オキシエチレン)アルキルエーテル(AE)
- N,N-ジメチルドデシルアミン=N-オキシド(AO)
- ビス(水素化牛脂)ジメチルアンモニウム=クロリド(DHTDMAC)
の4つです。
これらが対象物質として指定された理由は、生産量が多く(100トン以上)、環境水系の一部からこれらの界面活性剤が検出され、一定の生態毒性があるという意見があったためです。
この4つの界面活性剤が安全かどうか、日本石鹸洗剤工業会の「界面活性剤の ヒト健康影響および環境影響に関するリスク評価」によって結論が記載されているので、引用します。
ヒト健康影響については、皮膚刺激性、皮膚感作性、急性経口毒性、反復投与毒性などの安全性データと、使用形態・使用方法などにもとづくヒト推定暴露経路・暴露量を検討した結果、通常使用時および誤使用時のいずれにおいてもリスクは極めて低いと評価された。特に、長期間使用した場合の体内への継続的摂取について、ヒト推定最大摂取量とヒト耐容一日摂取量を比較したところ、ヒト推定最大摂取量はヒト耐容一日摂取量を下回っていた。 変異原性、遺伝毒性、発がん性、催奇形性,繁殖性についても、毒性ポテンシャルは認められていない。 LASは活性汚泥や河川水中の微生物による生分解性が良好であり、下水処理施設で効率的に除去されることが確認された。また、生態影響について、水棲生物毒性データに基づく推定無影響濃度と、環境濃度を比較したところ、環境濃度は推定無影響濃度を下回っており、現在の使用状況においてLASが生態系に影響を与えるリスクは極めて低いと考えられた。 |
上記はLASについての記載ですが、他3つの界面活性剤も同様の結論となりました。界面活性剤の毒性については昔からさまざまな見解がありますが、皮膚への安全性や環境への影響はほとんどみられないというのが現状のようです。
昔は「合成洗剤は有害だ!」というイメージが強かったですが、今はかなり改良されてきたということですね。
PRTR法について
PRTR法は、化学物質を取り扱う全国の事業者が1年間にどのような物質をどれだけ環境中へ排出したか、あるいは廃棄物としてどれだけ移動したかを国に届け出る仕組みを指します。
なお、家庭や農地、自動車などから排出される化学物質の量は国が推計し、事業者からの届出とあわせて毎年公表しています。この制度は、日本だけでなく諸外国でも導入が進んでいます。
《PRTR 法の対象化学物質(平成20年11月21日更新)》
■第一種指定化学物質(462物質)
環境中に広く継続的に存在し、次のいずれかの有害性の条件に当てはまるもの
・人の健康や生態系に悪影響を及ぼすおそれがあるもの
・その物質自体は人の健康や生態系に悪影響を及ぼすおそれがなくても、環境の中に排出された後で化学変化を起こし、容易に有害な化学物質を生成するもの
・オゾン層を破壊するおそれがあるもの
※このうち、発がん性、生殖細胞変異原性及び生殖発生毒性が認められる「特定第一種指定化学物質」として15物質が指定されています。
■第二種指定化学物質(100物質)
第一種と同じ有害性の条件に当てはまる物質で、製造量、使用量などが増加した場合には環境中に広く継続的に存在することとなることが見込まれる物質
■対象となる界面活性剤は以下9つ
・直鎖アルキルベンゼンスルホン酸塩(LAS)
・ヘキサデシルトリメチルアンモニウム=クロリド(HDTMAC)
・ドデシル硫酸ナトリウム(AS)
・ポリオキシエチレンアルキルエーテル(AE)
・ポリ(オキシエチレン)=オクチルフェニルエーテル(OPE)
・ポリ(オキシエチレン)=ドデシルエーテル硫酸エステルナトリウム(AES)
・ポリ(オキシエチレン)=ノニルフェニルエーテル(NPE)
・N,N-ジメチルドデシルアミン=N-オキシド(AO)
・ビス(水素化牛脂)ジメチルアンモニウム=クロリド(DHTDMAC)
米国内でのテスト結果
米国内で確認される化学物質は推定7万5000種類と言われていおり、米国の環境保護団体が、人体に蓄積された有害化学物質を調べるテストを行なった結果、普段健康的な生活を心がけている人でも、体内に農薬や難燃剤など多くの有害物質を溜め込んでいることがわかりました。その一例が、こちらです。
コモンウィールのテストをバルツ氏とともに志願して受けた被験者の中には、全米公共テレビ放送網(PBS)などで活躍する著名ジャーナリスト、ビル・モイヤーズ氏もいた。モイヤーズ氏の体からは鉛、水銀の副産物を含む84種類の有害物質の痕跡が見つかった。 |
参照:健康的な生活でも体内に蓄積されてしまう有害化学物質の数々
しかし、米国民の寿命は年々減っているかというと、むしろ伸びているので、『ジャンク・サイエンス・ジュードー:健康にまつわる脅しや詐欺に対する自己防衛術』の著者スティーブン・ミロイ氏も、むやみに心配することはないと話しています。
誰もがさまざまな物質にさらされている。低レベルでこうした物質にさらされたからといって、それが人体に悪影響を及ぼしているという証拠はどこにもない。人々に恐怖感を与えるだけで、時間とお金の無駄だ。 |
参照:Junk Science Judo: Self Defense Against Health Scares and Scams
これだけ多くの化学物質に囲まれているにも関わらず、米国民全体の寿命は延びているということは、薬品に対してそこまで過敏になる必要はないのかもしれませんね。
ただ、決して「毒性がゼロ」というわけではありませんので、できる限り毒性の高いものは摂取しないようにする。毒性が低かったとしても大量に摂取しないようにするほうが無難でしょう。
3-4.環境への影響はほぼなし
では、環境問題はどうでしょう。
まず家庭から出た排水の大半は、下水処理をされてから海や河川に流れます。
日本石鹸洗剤工業会では、2001年と2007年に下水処理の除去性を調査しましたが、洗剤の主成分である界面活性剤(LAS、AE、AO)の除去率は99%以上という結果でした。これは生分解性の良い一般有機物と同等のレベルです。
なお、万が一下水道が整備されていない地域で洗剤を使用したとしても、家庭用の界面活性剤は生分解されやすい成分が使われているため、河川や湖などで流れていくうちに濃度が薄まり、最終的には太陽光や微生物によって水と二酸化炭素まで分解されることがほとんどです。
ただし、洗剤が生分解するからといって家庭用排水を河川や湖に直接流すのは良くないので、下水道が普及していない地域では、戸別に合併浄化槽を備えるなど、排水の汚染レベルを下げてから排出することが大切です。
まとめ
いかがでしたでしょうか。
今回のお話をまとめますと、以下の通りです。
1.界面活性剤とは
界面活性剤には「洗浄・起泡・消泡・乳化・分散・可溶化・界面の調整・浸透・殺菌・柔軟・帯電防止・防錆」といった多くの機能がある
2.界面活性剤の種類と特性
・界面活性剤は、「水になじみやすい部分(親水基)」と「油になじみやすい部分(親油基または疎水基)」の両方の性質を持ち合わせた分子構造をしている
・界面活性剤の種類は、水に溶かしたときに電離してイオン化するイオン性界面活性剤と、イオン化しない非イオン界面活性剤と、大きく分けて二つに分類される
・イオン性界面活性剤は、陰イオン界面活性剤、陽イオン界面活性剤、両性界面活性剤の3つに分類される
・それぞれの界面活性剤には、洗浄力や起泡力の高さ、皮膚への刺激性、生分解が優れているかなど、さまざまな機能がある
3.界面活性剤の安全性
・「合成洗剤は危険」という問題は、約30年前から多くの研究をされており、吸収率・分解率・環境への影響など、あらゆる面でジャッジする必要がある
・界面活性剤が体に吸収される経路は、口、呼吸、粘膜、皮膚の4つ
・界面活性剤の毒性は極めて低いが、「毒性がゼロ」というわけではないので、なるべく毒性の高いものは摂取しないように、毒性が低かったとしても大量に摂取しないように気をつけましょう
・家庭から出た排水の大半は、下水処理をされてから海や河川に流れるため、界面活性剤の除去率は99%以上のため、環境への影響はほぼなし
一般的には「石鹸なら安全」「合成界面活性剤は危険」というイメージはまだまだ根強く、「石鹸なら安全なのでこれを使いましょう!」と宣伝文句として使われているのも事実。
合成洗剤でも安全性の高いものはたくさんありますし、安全性が高かったとしても、目的に合っていない界面活性剤を使えば機能を発揮できません。つまり、用途に合わせて使い分けできることが最も大切ということです。
この記事が、今後のあなたの生活に少しでも役立てていただけたら幸いです。
参考文献
河合通雄:皮膚に対する界面活性剤の作用(日本化粧品技術者会会誌)
芋川玄爾:代表的アニオン界面活性剤の各種タンパク質に対する変性作用
宮澤清:頭皮・頭髪用洗浄剤としてのアニオン界面活性剤の研究
野々村美宗:アニオン界面活性剤(化粧品 医薬部外品 医薬品のための界面化学)
宮澤清:界面活性剤の組合せによる物理化学的性質とタンパク質変性作用(日本化粧品技術者会誌)
土戸:界面活性剤の殺菌メカニズム( 洗浄殺菌の科学と技術)
加藤延夫:医系微生物学 第2版
国際オーガニックセラピー協会
日本家政学会詩
MSDマニュアル
下水処理について 国土交通省
成見和也:界面活性剤の基礎知識と分散剤の選定例 水系・溶剤系対応
北原文雄:界面コロイド化学の基礎 講談社
技術情報協会:界面活性剤の選び方、使い方事例集
荒牧賢治:界面活性剤の最新研究・素材開発と活用技術
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